アイルランド初勝利が幻と消え…

 オールブラックスの今シーズン最後のテストマッチ(国際試合)が、終了。アイルランド戦24−22、薄氷の勝利。前半20分まででアイルランドに3トライを取られて0−19とリードされ、その後2トライで食い下がりつつも、80分の時点で17−22。誰もが、108年で初のアイルランドがNZを破る瞬間を信じていただろう。ダブリンのスタジアムの大観衆が、初勝利のフルタイムの笛が鳴るのを待っていた。

 しかし、インジュアリー・タイムに入る直前でのペナルティでオールブラックスがボールを獲得。その後ミラクルのようなボールつなぎで、トライ! 同点。逆転をかけたコンバージョン・キックを、クルーデンが外した。けれども、ドラマはまだ幕にならない。アイルランド側がキックの前に早過ぎるチャージをかけ、ルールにのっとり、もう一度キックの機会が与えられた。しかも、レフェリーはアーリー・チャージを厳しく注意し、このキックに関してチャージしてはならないと明確に指示。そしてそして、再度のクルーデンのキックが見事に決まった。

 なんという結末!

 

 108年もの両者の対戦の歴史で、初めてのアイルランド勝利が、幻と消えて行った。

 アイルランドの気合いあふれる攻めと、何度もボールを奪い取ってオールブラックスの動きを封じたゲーム運びは素晴らしかった。だとしても、前半のオールブラックスの動きは、あまりに鈍く、お粗末だった。

 オールブラックスが、普通に自分たちのゲームをしていれば、アイルランドとの自力の差は明白。けれども、それができなければ、いつでも、敗北の罠は待っている。この勝利で、今シーズン全ての国際試合に勝ち、100%の勝率。ただ、それを無条件に喜ぶことはできないのではないか? 「勝つ」ことが求められるだけでなく、「勝利の質」が求められる。オールブラックスはそういうチームだし、そうであるべきだと思う。

 

 まさかのリードを許しながら、最後まで攻めて逆転したオールブラックスの「ネバーギブアップ」魂は讃えよう。これこそラグビーの醍醐味という試合を見せてくれた。

 やってはならないあからさまなアーリー・チャージで2度目のキックを与えてしまい、敗北したアイルランド。その落胆は察するにあまりある。特に名将オドリスコルにとっては、どんなにか待ちこがれた勝利だったと思うと、胸が痛む。

 

 ダブリンの観衆は、ペナルティ・キックやコンバージョン・キックの際、キッカーに敬意を表して、水を打ったように静謐を保つ。そのモラルにも感動する。かつて、どこのラグビーの試合も、そうだったはずだ。いつから、野卑なブーイングが当たり前になったのか? ダブリンでは、相手チームのキックでも、完璧な静寂の中で、最高の集中度を保ったキックが行なわれる。

 その観衆が、さすがに最後の最後、2度目のクルーデンのキックには沈黙できなかった。それも、会場を揺るがすブーイングというのではない。むしろ、それは沸き起る苦痛の呻きに近いと、私には思えた。それもまた、痛い程わかる。この時沈黙できなかった観衆達を、私はモラル不足と断じることはできない。

 

 この試合を、私は忘れないだろう。

 実に多くのことを考えさせてくれたゲーム。