RWC 2011 あれこれ part 9.

ラグビーの観衆は暴徒にならない

 ラグビーというのは、不思議なスポーツ。

 基本的に「陣取り合戦」なので、前方の相手陣営のゴールラインに攻め込まなければいけないのに、パスを前方に送ってはいけない。この「絶対の矛盾」が、全てを規定するのです。

 

 パスを後ろに送りながら前に進むために、絶妙のパス&ランのタイミングとコンビネーションが生まれます。防御する相手の隙をついて、ボールを運ぶために、フェイントやサイドステップという、スピードだけではない走りのテクニックが要求されます。そして、相手をできるだけ数多く引きつけて、オープン空間を作り出すために、スクラムやラック&モールでのたて攻撃を仕掛け、一瞬の隙を見つけてオープン攻撃に変じたり、キック&ランが見事に決まれば、ウィングの胸のすくトライにつながったりします。

 

 相手が反則して「ペナルティ」をもらったときに、どの攻めを仕掛けるか、選択肢がいくつもあるのです。

 スクラムで相手の人数をひきつけるか、サイドに大きく蹴り出してラインアウトでの投入れで陣地をかせぐか。直接ゴールキックで3点をねらうか、成功確率は低くなるけどトライ&コンバージョン・キックで5点+2点、合計7点をねらうか。

 その戦術を決めるのは、監督ではなくキャプテン(監督はフィールドには入れない)。

 レフェリーの役割も大きい。試合中、ずっと反則をできるだけさせないように、レフェリーはずっと選手たちに声をかけ続けます。それでも、当たりが激しいので、どうしても反則が出てしまうんですけどね。

 

 世界クラスの試合になると、選手の体格もデカイし、体重も重いし、スピードも凄いし……。ほとんど格闘技のように骨と骨のぶつかり合い。空中激突などもあって、血だらけのすごい展開になることも珍しくない。激して、ちょっとばかり掴み合いになったり、肘や拳が出ることもありますね。

 でも、たいていは、仲間やレフェリーが間に入って、「よしよし」とおさまる。血だらけになっても、傷だらけになっても、脳しんとうを起こしても、ラグビー選手って、文句も言わず、すぐに起き上がって戦列に復帰する。ケガして倒れている選手がいても、よほど重傷でないかぎり、その選手とメディカル・スタッフをフィールド内に置いたまま、試合は続行。この辺りが、何でもないのにすぐに倒れて「足を引っかけられた〜」と大げさに演技するサッカーと、大きく違うのです。

 

 ラグビーはルールが分かりにくいので、面白くないと思っている人が日本人には多いようです。確かに反則の種類が多くて複雑だけど、基本的な点がわかれば、納得し易いと思います。

 野球が日本人に人気のスポーツになったのは、1球ごとの攻めの組み立てや戦略など、将棋に似た面白さがあるからではないでしょうか。だとしたら、本当はサッカーよりラグビーの面白さの方が日本人に向いていると、個人的に信じている私。

 まあ、ラグビーの場合、個人技だけでは勝負にならない体格の問題や、日本でのラグビー普及(TV放映をどう増やすかとか)のための、商業的戦略の問題等々、壁は厚いですが……。

 

 サッカーが感性のスポーツだとすれば、ラグビーは思考のスポーツ。ルーツは一つなのに、この両者はかなり違う。

 ラグビーでは、試合中も選手たちも常に考えなければならないし、観衆もまた考えながら観ている。勝ち負けだけではなく、ゴールやトライの一つ一つに意味と価値がある。点数に現れないプレーの一つ一つの善し悪しを、観衆も評価する。こうして、ラグビーが盛んな国では、観衆の目も肥えていくのです。

 試合が終わったとき、勝ち負けだけでなく、「良い試合だったね」「中味がある試合だったね」というのが満足感につながるのは、何が「良いプレー」「良いゲーム運び」か、観衆に理解力があるからなのです。

 

 そんなわけで、サッカーの観衆は暴徒になりやすいけど、ラグビーの観衆は決して暴徒にならない。試合後、選手たちが敵味方互いに握手を交わし、讃え合い、ジャージを交換するのと同時に、観衆もどちらの側も讃え合い、互いに肩を組む。その精神があるから、試合終了の笛を「ノーサイドの笛」と呼ぶのです。